世界はひとつずつ変えることができる

文芸評論サークル『海の見える街』発足に寄せて

思えば、伝えることとは何かを考え続けた1年だったように思う。

未曾有の大惨事となった東日本大震災から丸1年、
震災は、人的、物的に甚大な被害をもたらしただけでなく、
サブカルチャーにも大きな傷跡を残すこととなった。
その無力さと無意味さを白日のもとに晒したからだ。

震災後、サブカル文化人たちのしてきたことは、
風評やデマに踊らされ、口先だけの絆で傷を舐め合い、
中途半端な科学知識を開陳し、右往左往することだけだった。
わたしのようなサブカル愛好者とて同じこと。
彼らサブカル文化人の垂れ流す無意味な言説を
ただ聞いているだけだったのだから。

サブカルチャーが描き続けてきたのはなんだったのか。
SFは災害時にどう振る舞えばいいのかを描いていたのではなかったか
セカイ系は隣人を助けることが世界を救う道だと訴えていなかったか
日常系は関係性こそが人々を支える要だと訴えていなかったか

「ひぐらしのなく頃に」という作品がある。
古い因習に囚われた村で起こる惨劇を
主人公たちがループする世界の中で回避していくという話だ。
さりとて複雑怪奇な惨劇は無力な主人公たちで防げるはずもなく、
繰り返す悲劇と回避できない無力感がループしていく。
そんな中で見つけたルール

”伝えなければ、何も伝わらない”
”伝えることができれば、仲間を信じることができる”
”信じられる仲間とならば、どんな困難も克服できる”

単純だけれど、だからこそ真実に一番近い。

困難を前にした猜疑心と相互不信。
わたしたちを取り巻く状況はひぐらしと瓜二つだ。
今必要なのは口先だけの絆ではない。まずは自分の思いを伝えることだ。

わたしの思いをあなたに伝えよう。
それがどれだけ陳腐な内容で、
それがどれだけ稚拙な文章でも、
あなたに向けた言葉ならば、それは決して無意味ではない。

その先に信頼があり、信頼の先に問題の解決が見えてくるのだから。

そう。1年間考えた答えは、とてもシンプルなものだったのだ。




平成24年3月11日 海の見える街にて

アサルとスパイとスパイ感






■アサルとスパイと今のスパイ感
「光あるところ、陰あり。まこと栄光の陰に数知れぬ者たちの陰があった。だが人よ、名を問うなかれ。闇に生まれ、闇に消える。それが"企業スパイ"なのだ」

はじめまして、ちくわフライです。
記念すべき一回目はPC用フリーゲーム「アサルとスパイ」の紹介をします。

このゲームは名前の通り、スパイが活躍するゲームです。
スパイといえば皆さんどんなものを想像するでしょうか。私は最初から「ミッション・インポッシブル」のようなド派手なスパイを想像してました。いまでは「アノニマス」がハッカー集団として有名ですね。

しかし、現実にいるスパイはやはり地味ですよね。いや、地味でないといけないんですが。忍者もあれほど派手だと意味無いですよね。

それに、パスワードなんかをハッキングするときもコマンドプロンプトを開いてキーボードをカチャカチャカチャ……という訳にはいかないようです。やはり、その近くの人と仲良くなって性格とか好きなモノを分析してパスワードをハッキングするんだとか。アノニマスがPSStoreをハッキングしたのもこのような手口らしいですね。

よく言えば堅実、悪く言えば卑怯な手口ですねw

そんな感じで、私のスパイ感を述べて行きましたが、この「アサルとスパイ」もまさにそんな感じです。

主人公の尾頭アサル君は企業スパイのグループの一員でハイテク機器を扱うのが得意で、いろいろなものをハッキングしていきます。

その手法も様々です。趣味から詮索して行ったりと。

ストーリーはあらすじを話しだけでもだいぶネタバレになりますので、一度プレイしてみてください!

・フリーゲーム『アサルとスパイ』公式サイト
http://spy.sensyuuraku.com/

どこへも帰らない

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そのままじゃ、いられないと意識したのはいつだろうかな。

僕と君の思い出。



最初出会ったのは同じサークルに後輩として君が入ってきてから。第一印象は幸薄そうだと思った。でも君の瞳はなんとなく印象的で、他人を受け入れるとか、そういんじゃないけど、どこか人が映らないような感じを受けた。



特にやる気があるサークルではないから幽霊部員の君。僕もたいして行ってたわけじゃないけど。

それから、一年間くらいは学校ですれちがったら 挨拶する程度な別段まともな特に仲良わけでもない先輩と後輩の関係。



君と僕が初めてまともに話したのは、とある飲み会の席だった。僕には凄く仲の良い先輩がいてなんというか、その先輩が君にその場で一目惚れというやつをしたんだ。

人が恋に落ちる様をあんなに近くでわかりやすく観るのもあんまりないんじゃないかな。先輩が君と語り合ってて、それに僕も加わる形で君と話すようになった。

でも先輩には当時同い年の彼女がいて、それこそ、その彼女さんは良くできた人で僕もその二人の関係に憧れた。心からそう思ってたよ。

でも一目惚れっていうか、恋のチカラっていうのかな。その先輩はあっさり彼女に別れを告げて、君のことに入れ込んだ。僕はとしてはその先輩ってのは冷めた感じの印象持ってたから、あんなに情熱あげてる先輩をみて僕も応援したよ。先輩と君と付き合えるように僕も色んな工作員みたいなこともした。

まー、なんでかってそんなことをやったのかというと先輩のこともあったけど、君が異性からすごくモテたから。あんなに引く手数多なことってなかなかないよ。



なんだかさ、君ってチョット変わってるよね。

他人のこと凄く大事にするような仕草でいて、少し踏み込むとなんだか遠くに感じる。



そんなこんなで、君は引く手数多な中から先輩を選んだ。僕はとても嬉しかったよ。



それから、先輩は卒業して僕ともあんまりあわなくなってった。僕は君と先輩が付き合ってから2人の世界になるべく、邪魔にならないように近寄らないように触れないようにしてた。特に君の方には。先輩のあの情熱的な想いを見てると君と僕が接触することにもジェラシーを感じるんじゃないかってね。だって君はモテるんだもん。

同じ学校にいながら再び会ったってのも変だけど 、再び君と話すようになったのは、ある授業が一緒になってから。そん時の僕は当時付き合ってた彼女と別れてから色々あって、最低の気分だったよ。もう色んなことが嫌で正直生きてるのも嫌だったくらいさ。今考えたらくだらねーと思うけどね。





久しぶりにあった君は相変わらずだったね。

でも変わってたのは、先輩と別れたってことで、僕は一応先輩から聞いてたから知ってたんだけどさ。

なんとなく授業終わりに昼ご飯を一緒に食べて、そん時久しぶりに君と話した訳だけど、君も人間関係を色々考えてるんだね。悪いけどあまり社交的な人間ではないと 思ってたからね。



きっかけなんて些細なもんだと、知ってたけど君と僕はそれをきっかけにすごく仲良くなった。色んな話をしたよ。本当にくだらない僕の事を優しく受け止めてくれた。僕は心地よさから君から離れようとしたりもした。でも君はそれを拒んでくれた受け入れようとするんだ。そんで僕は君を受け入れた。



君と僕が一緒に話したり歩く世界はスゴく色褪せてて、2人でご飯食べたり、酒飲んだり、寝たりしてさ。色んな事をしたけど、僕らはお互いを前に進めない、傷を舐めて痛みを分かち合ってお互いの人生を消してた。



まーそんなにずっと一緒にいるわけだからさ。周りも気付くよね。相変わらず君はモテてさ、色んなとこで君との関係を聞かれたよ。やっかみも受けた。君も色々言われたみたいだね。

でも関係ってそこんとこ僕らハッキリしなかったから。だって他人に言っても解るように説明できないしね。



なんだろうね、君と色んな話をしたけど、あんまりもう覚えてないんだ。

でもこの思い出だけは絶対に忘れたりしないよ。

君と僕は相変わらず訳もなく川沿いとか歩いててさ。 もう三月なのに寒くてさ、一緒に缶コーヒーを飲んだよね。

そしたらなんだか感傷的になったのかもね。

もう日が暮れようとしてたから。

ふと君が下手な唄を唄うんだ。僕がちょっと前に貸したCDに入ってたやつ。

タイトルは「日が暮れても彼女と歩いてた」

ちょうど今みたいな夕暮れ時の詩で、

僕も不器用に唄い出しちゃうんだ。なんだか君だけで唄うと寂しくてさ。



"何にもいらない 他にはいらない

彼女がまだそこにいればいいや

日が暮れても彼女と歩いてた"







僕と君の思い出で最初で最後の色彩が付いてる。赤みがかった青い思い出。



なんだかさ、やっぱり君ってチョット変わってるよね。

僕の心をこんなにも温かくしてくれるなんてさ。

エイラーニャ1






1節 スオムスの空にて

二人の少女は今、スオムスの寒空の中を飛んでいる。
一人は隣国のオラーシャ出身のエースであり、世界有数のナイトウィッチ、サーニャ。
もう一人は、ここスオムスの出身であり、また同国のトップエースであるエイラ。
全世界のウィッチの中でも有数の実力を持つ彼女らが、スオムスの空を飛んでいる理由は、果たして戦いの為ではなかった。
近年、スオムス周辺のネウロイ侵攻状況は比較的安穏としたものとなっており、戦闘は数える程にしか起きていない。
彼女達は今、元隊を離れ、生き別れになったサーニャの両親を探しているのだ。
サーニャが語るところによれば、両親はネウロイの侵攻から逃れ、ウラル山脈の向こう、オラーシャのどこかに息を潜めているらしい。

オラーシャの大部分は未だネウロイの占領下にある為に、捜索するにはオラーシャから近く、なおかつ安全な土地に拠点を構える必要があった。
それ故、捜索拠点としてスオムスのカウハバ空軍基地を間借りして、オラーシャへ行っては戻ってを繰り返している。
カウハバ基地はエイラがかつてその身を置いていた基地の一つで何かと融通が効いたし、オラーシャへのアクセスもそう悪くなかった。差し当たっての拠点としてはベターと言えた。

……二人は先日から捜索の為に出撃していて、今はその帰路に着いている。


太陽の殆どが地平線の彼方へ落ち、空は鈍い色の雲に覆われている。
絵筆を洗った後の、幾つもの色が混ざり合い濁った水の中。
そんな中に二人は溺れているようにも見えた。

「今日も手がかりなしかぁ…」
だらり、と腕を垂れさせて、エイラが呟いた。
ため息をつくその顔には、落胆がありありと浮かんで見て取れた。

「仕方ないわ、エイラ。オラーシャは広いから」
……彼女の表情は変わらない。
無表情に、ぽつり、と漏らした呟きは空へ消えていった。

いつも飄々としていて、他人にどう思われようが気にしない風な
エイラだが、サーニャにだけは別だった。
どうということもない呟きも、力なさを非難されているように感じてしまう。

「ぅ…そうだけどさ。でも、どれだけ広くたってさ、諦めなければ絶対見つかるって!」

「そう、かな?」
小首を傾げ、緑の瞳が隣へと向けられる。

「ぅん!絶対そうだよ!この私が言うんだから、間違いないって!」

「ありがとう、エイラ……」

「なんてことないって」

「………」

カウハバ空軍基地の滑走路が視界に入ってきた。
着陸するくらいはエースの二人にとって、それこそ、なんてことない動作だ。
だがしかし、着陸は危険を伴うことに変わりはない。
細心の注意を払い、二人は滑走路へアプローチする。
微風。
若干の降雪。
視界不明瞭な中、誘導灯の明かりを頼りにコースを取る。
減速しつつ降下。
ストライカーユニットから降着装置の転輪が降り出される。
滑走路へのアプローチ。
積雪によって滑走路の状態ははなはだ悪い。
慎重に転輪を接地させる。
慣れ親しんだ接地の衝撃。
小刻みに体を揺らされながら、滑走路を滑り、滑り、減速していく。
湖面に降りる水鳥のような優雅さをもって、二人は滑走路へ着陸した。

陸に戻った頃にはすっかり日が沈んでいて、あたりは夜の色に包まれ始めていた。帰ってきた二人を迎えに出るものは誰もいない。
薄闇の中、誘導灯の明かりだけがぽつりぽつりと灯っている。
吹きさらしの滑走路では、びゅうびゅうと風雪が吹き付けていて、魔力フィールドが解除された、剥き出しの頬に容赦なく叩きつけられる。

「寒いな……」

こんな寂しいところには長くいたくない、とエイラは思った。
サーニャは元気がないようだし、エイラ自身、とても疲れていたから、余計にそう思ったのかもしれない。

…静まり返っているハンガーへ徐行運転で入っていく。
エイラは発進補助装置にストライカーを戻し、サーニャの補助を始めた。
スオムスでは整備兵にすらこと足りない状況だった為、こういったサポートもエイラにはお手のものだった。

かれこれ何時間、飛び続けていたのだろうか。
しばらくぶりにストライカーを脱いだ火照った足には、本当なら寒すぎるくらいの外気すら、心地良く感じる。

「ぁー、疲れたな…。ゆっくりさ、サウナでも入らないか、サーニャ」

「…うん」
彼女も疲れているのか、眠たそうに目を細めて、頼りなげにコクリと頷いた。

風の吹き付ける音と、基地の中から響いてくる兵士達の声だけが聞こえる。
二人はハンガーを後にして、基地の中へと消えていった。

手のひらの太陽






明けない夜に覆われて、いまやこの惑星の自転は停まってしまったかのようだった。
朝は遠く、瞼は重く。
夏の夜なのに外気は冷えきって、凍える体は休息を求めていた。

私、秋山は「放課後ティータイム」のメンバーと一緒に、北海道石狩平野の海辺で開かれるお祭りへ来ている。
毎年お盆の頃、この場所では恒例で行われているお祭りだ。ただしお盆のお祭りといっても、別にご先祖様を奉るわけではない。
熱狂の3日間。
音楽の祭典。
昇れる太陽をその名前にとった、ロックフェスが開催されるのだ。
私たちはそのロックフェスを目当てにして、遠路はるばる北海道へとやってきている。

フェスにやってきて、色々あった。
トラブルさえも楽んで、私たちはフェスを満喫していた。
けれど、楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまうもの。
とっておきのティータイムを楽しんでいる時のように、本当にあっという間に。
3日2晩かけて行われるフェスは、もう最後の長い夜を迎えて、ファイナルアクトとなるライブを前にしていた−−−−−−−−

私と律は、二人一緒にメインステージで行われるフェスの大トリとなる、ファイナルアクトが始まるのを待っている。
メインステージのエリアでは後ろの端の方、草っぱらになっているところでレジャーシートを敷いて、そこに二人で腰を落ち着けている感じだ。
ちなみに、唯たちとは離れて別行動をとっている。
わけあって、律と二人になりたかったからだ。

「はぁ。まだ、こんな時間」
動きの鈍い時計の針を確かめて、つい、ぼやいてしまう。

「ねみぃな。……でも、最後まで起きて、ライブ見るんだろ?」

「……うん」

去年の私たちはナツロックというフェスへ行ったのだけど、その時の楽しさがどうしても忘れられなかったから、今年もフェスへ遊びに行こうという話になるのは当然だった。
また今年もナツロックへ行ったって、それはそれで良かったはず。
だけどいくつかのフェスが候補にあがる中、私は無理やりこのフェスを推して、みんなを説得して連れてきたのだ。
いったいどうしてわざわざここに来たのか、って?
まぁ、それはさっき律が言ったとおり、フェスの最後に演るライブなのだけど、それはちょうど朝日が昇るタイミングに演奏するということで、すごく感動的らしいんだ。
それに、世間が言うには「一番フェスらしいフェス。フェスが好きならば一度は体験するべし」 だとか「朝日を感じながら、自然と一体になって音楽を楽しむ。この感覚こそが音楽の歓びの原点である」だそうで、そういった声に感化されて、実際に体験してみたくなったからだ。
表向き、バンドのみんなには、そう説明している。
たしかにさ、朝焼けに包まれて見るライブとかいいよなあ、なんて、思ってはいるよ。
たしかにそれが目当てだけど、なんだけど、ただ単純に見てみたいだけ、というわけでもない……。

それにしたって、眠くて、寒い。
私は体育座りをして、さらに頭を膝に預けて、すっかり寝ようとしているような格好になる。

冷たい風が吹いて頬をなでていく。
海にほど近いこの場所では、夜になると潮風に乗って冷気が運ばれてくる。
吸い込む空気は凛と冷え、その香りは草木の青さを含んでいて……不思議と懐かしくて、心が溶けだすように、暗闇の中に混ざりあっていくようだ。
瞳を閉じる。
このまま眠りについてしまえばきっと最高に気持ち良いと思う。
けれども、体の芯から冷えていくような寒気が眠りに落ちることを許さない。
海風だとか、放射冷却だとか、そんな理由か、とにかく寒い。
長袖のアウターを着込んでいるのに震えてしまう程、気温が下がっている。
カレンダーの上ではまだお盆だっていうのに、この寒さ。
オカシイじゃないか。

「澪。みーおー」

隣から、私を呼ぶ声がする。
耳に聞きなじんでしかたのない、律の声だ。
そう、私はフェスに来た目的について思い出していたのだった。
律……こいつが私にとっての、フェスに来た理由だ。

大学生になってからか。いや、それより前、高校の終わり頃からか。私と律との関係に違和感を覚え始めたのは。

「おーい、澪。おい。起きれー」

ああ、うるさいなあ。
気だるくて、顔をあげる気がしない。
以前から、律の私に対する言葉の一つ一つが、私の心のささくれだった部分に引っかかるようになっている。
それはいったい、なぜだろう。
……その原因は自分自身、わかってはいるのだけれど、認めたくないものだと思う。
律の持っているもの、私の持っていないもの。
いつも皆の中心の律、そして、皆の輪にうまく入れない私。
時が経つほどに、あいつが羨ましなって、妬ましくなってきたのかも、しれない。

「……無視すんなって。おい。おーい」

ともかく、私は、私と律との関係を作り直すために、わざわざこの朝日の昇るフェスへやってきたつもりだ。
フェスに来て、私たち二人の間の何が変わるのか、って自問自答はした。
なんでそんな安直な?と。
けれど私は直感している。
このフェスにきてライブを見ることが、私たちの関係性を変えることを。

私はいつまでも律に手を引かれる自分でいたくない。
むしろ私が律を引っ張って行きたい、と思う。
なぜそう思うようになったのか、理屈がつかないかもしれないけれど、私はいつの間にか、そんな風に感じるようになっていた。
とにかくもう、律に子供扱いされるのはゴメンってことだ。
そもそも、手を引かれるというよりも、いつもあいつのペースに巻き込まれてばかりだし。
これからの私は、律をこっちのペースに引きずり込むような私に変わるんだ。
そんなわけで、律が私を起こそうとして話しかけてきたって、それに答える気はないわけだ。

話しを無視してる私に我慢しかねてなのか、律は「ぬぬぬ……」とうなっている。

「でこ、ぴーん!」

突然、ペチリ!とデコピンをされた。
痛い……。

「起きれ、澪隊員」

「…………」

私は沈黙を守る。
私は、律の言いなりにはならない……!

「ダブルりっちゃん!デコピンアタック!」

ベベン!と両手でデコピンをされた。
痛い……。

「アンド!揺さぶり!」

がっくんがっくんと揺さぶられる。

「澪ちゃん? 素直じゃない澪ちゃんは嫌いですわよ?」

「……乱暴だな」

ひどいやつだと思う。
私の決意は何だったのか……諦めて起きることにする。
結局、意固地になったせいで無理矢理に起こされてしまって、かえって律の思惑の上で動かされているようじゃないか。
それに加えてまずいことがある。
朝まで徹夜してライブを見るって、そういった張本人の私が寝ていたと思われていることだ。
きっと、「あぁ、澪はほんとに仕方ないやつだなあ。やっぱりわたしが居なくちゃダメなんだからなー」なんて、言われるに違いない。
これではまた、律に私の保護者づらをさせてしまうことになるだろう。

「乱暴って言われてもねー。だって隊長だし? それよっかさ、ちゃんと最後まで起きるんだろ。 言い出しっぺが寝ちゃってさ、そんなんで大丈夫かよ」

……ほら、こう言われるに決まってる。

「大丈夫だって。だいたい、寝てたわけじゃないしな。律こそ、さっきまで寝てただろ」

「あれは、たまたまだな」

えへん、と律は胸を張って言う。
いったい何がたまたまなんだろうか。

「まあ、私は楽しいからいいけどさ」

と、律。

私は楽しくないわけだどな……。

気を取り直して、あたりを見回す。
ここはステージの光が遠くて、他にも照明が当たらなくてかなり暗くて、ちょっと離れれば、表情も読めなくなるくらい。
地面には芝生が生えていて柔らかい。
周りには私たちと同じように、疲れていながらもフェスの最後を見届けようとライブの始まりを待つ人たちが大勢いるて、彼らは
レジャーシートを敷いたり、敷かなかったり、柵にもたれたり、寝ころんだり、連れ合いと和やかに喋っていたり、一人お茶を飲んでいたり。
皆それぞれに時間をつぶしている。
……クライマックスだというのに、ライブの前列から外れるのがもったいない、そんな気はする。
けれど、後ろの方でのんびりと過ごすのも、それもまた良いと思う。
凛とした空気、夜空を切り裂くサーチライト、少し湿った芝生、軒を連ねる露店、夜空に寂しく浮かぶアドバルーン、眩しいステージの明かり、そんなものが入り交じり、そしてそれらを音楽が束ねあわせ、祭りの雰囲気を作り出している。

……うん。
やっぱりここは、ライブをのんびり待つには悪くない。
昼間から騒ぎすぎてヘトヘトの私達二人には、ピッタリの雰囲気のスペースだろう。
このあたりとは対照的なステージの前の方の人だかりを見ていると、みんな元気だなー、なんて、どこか冷めた風に思えてしまうものな。
私は最後のライブが終わるまでずっと立っているほど、元気じゃない。

「さみぃー……」

律はボソリと呟く。
その言葉は遠くから風に乗って聞こえてくる音楽と共に、私の耳に届いた。
さむい、か……それには、全く同感。
寒くて、眠くて、何をしにフェスにきたのかわからなりそうだよ。
私はぼんやりと返事をする。

「昼は暑かったからな。放射冷却っていう現象かな」

「……知らん。澪、ホッカイロちょーだい」

いや、そんなもの持ってきてないわけだが。
律だって知っているはずなのに、変なことを言うんだな。

「ないからな」

「北海道なのにホッカイロがないって?!そんなのありえない!」

「そ、そんなにホッカイロが欲しいの?」

なんだか会話が成り立ってない気がして、私は呆れて言った。

そんな私を見て、律はニヤっと不気味に笑う。
なんなんだ。

「ホッカイドウと、ホッカイロをかけてみた」

「……寒いな。このまま凍死したい?」

「……ノリ悪いぞ、みおー」

律が非難してくるけれど、無視することにした。

それにしても、確かに寒い。
いくらなんでも、この寒さはあんまりだ。

また、ビュウと風が吹く。
私の長い髪が風にさらわれて、夜にたなびく。
ぎゅっと自分を抱きしめて、小さくなる。

こうやって眠気と寒さに襲われていると、なかなか時間が進まない感覚になる。

長い夜だ。
そう、私はそう思った。

「みーおー、だりぃっす」

ぼやく律は体育座りのまま、起き上がりこぼしのように左右に揺れている。
私は重い口を開いて答える。

「私も」

「我慢できないし。もう寝るし。」

「……いや、我慢しろって」

ふふっ、と笑みをこぼす律。
その笑みは何を意味しているのだろう。

「わかってるって、澪ちゃん。日の出まで、ちゃんと起きてるんだろ?」

ん……?
また律に子供扱いされている気がするのだけど、気のせいか?
いつもそうなんだよな。
律は私をからかってバカなことをやって、
私が真面目に受け取ってイラついてるのを、あいつは笑ってくる。

律は優しげな声音で私をあやすように

「わたしと一緒に、ファイナルアクトを見たいんだもんね」

と言った。
やっぱり、イラっとくる。
けど、律の言うとおりだ。
そのためにわざわざこのフェスへ来たんだから。
私は答える。
もちろん、と。

「なぁ澪。いま何時?」

腕時計を見やる。

「午前3時」

夜はまだ明けない。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

★付箋文★
ふと物思いにかられる。

限りなく広がる宇宙の中に地球はポツリと浮かび、定められた軌道上を巡り続けている。
惑星の運行は移ろう四季を彩り、朝と夜とを地上にもたらして、生きとし生けるものは、その下で日々を歌う。

地球が生まれてから、日々は何度巡っただろう。
何億、何兆、何京ーーーーーーーーー次の桁は、なんだっただろうか?
ともかく、数え切れないほどの回数に違いない。
いま私のいるフェス会場も数え切れない回数目の夜を迎えている。

繰り返される夜に、毎日は埋もれて眠りにつく。
大学1年の夏休み。特別な3日間。
……それも数え切れないたくさんの日常に埋もれてしまうのかな。
そんな考えが頭をよぎる。

北海道についてからずっとはしゃぎ回っているから、さすがに疲れた。
そのせいで、こんな寂しい思いに囚われてしまうのだろう。

ぼやっと考え込んでいると、私の視界に、にゅっと手が伸びてきた。

「でこ、ぴーん!」

またデコピンか!

律を見る。
たぶん、私の目はジト目になっていることだろう。
しかし彼女はそれを気にしていないように受け流して、いたずらっぽく笑っている。

「なーに考えてんのさ、澪」

なにを考えてるのか、か。
そう言われると、返事に困ってしまう。

「……なんでもない」

「ふぅん。………歌詞、考えてたとか?」

「ううん。『恋人はラミネート』のつづきはまだ思い浮かばないかな」

律は自分で話を振っておきながら、私の考えた詞のタイトルを聞くなり、げんなりした顔になる。

「……やっぱどうかと思うわー、そのセンス」

「い、いいだろっ。ラミネート!こ……恋人の温もりとか、表現してるんだから!」

律はたまらない様子で噴き出した。
失礼なやつだなあ。

「……恋人?」

「う、うるさいっ」

「っていうか、ラミネートするやつ? あんなの使ったことないしな。わけわからん」

……まったく。
こいつはいつも、私のセンスをこうやってバカにする。
自分で歌詞を書くわけでもないのに。
疲れて眠くて、口が重い。
会話を続ける気がおきなくて、私は口を閉ざす。

私たちの沈黙を笑うかのように、また風が吹く。

海から風が吹き込むせいか、すごく寒い。
体の芯から冷えるようで、何か暖かい物が欲しくなる。

「うひぃ。さむさむっ……!」

律はそう言って、両膝を抱え、体を小さくちぢこませて、せわしなく両腕をさすって震えている。
そんな姿を見ていると、なんだか律がハムスターとかリスみたいに見えてきた。
ほら、リスとかって、顔をかくような手の動きがやたら早い感じじゃない。
律の動きがそんな風に見えて、ついついクスクスと笑ってしまう。

「なんだよ、みおー」

私が笑っているのを見て、眉毛をハの字に曲げて詰問してくる律。
そんなこと言われても、ただでさえ小柄な律がそうしていると、なんだか小動物みたいで面白いからな。
……そうだ、いいことを思いついた。
いつも律に子供扱いされて、からかわれるのにはイラついてたんだ。
律のことだから、自分を人畜無害な小動物に例えられたら、きっと嫌がるだろう。
そうだ、私は律をいじってやるのだ。
いつもいじられるばかりの私、さようなら。

「律、なんだかお前、リスみたいだぞ」

フフっ、と口の端がつい歪んでしまう。

「え?」

目を点にする、律。
よし、ちょっとは困らせてやっただろうか?
ハッとした律は考え込むポーズをとって、ぅぅむ……と唸っている。
これは、いい感じだ。
彼女はふっと私の方に向きなおって、ドヤ顔をして口を開く。
ん?別に嫌がっていない?

「ワタシ、田井中・リスでチュー」

……逆に変なネタにしてきた。
しかも田井中リスって。
リスはチューって鳴かないし。
律のセンスを疑ってしまう。
まったく。
『恋人はラミネート』をバカにしたやつはどいつだ。
これは、ため息の一つも出てしまうってものだ。

「……はぁ。律のセンスもどうかと思う」

「ぶー。いいじゃん」

ぷいっと彼女はむくれ顔を作る。
わざとらしいのだけど、感情表現豊かなこいつには時々嫉妬してしまう。
……唯もそうなんだよな。

そんなことを考えていたら、返す言葉を失っていた。
むくれている律を軽く無視する。

ふぁ、とあくびが一つ出る。
眠いなあ。


もう夜も遅いし、疲れもピークに達しているし、とにかく寒いし……いろいろと苦痛だ。
二人そろって、真夜中の耐久体育座り。
フェスには遊びにきたはずなのだけど……なんなのだろう、この仕打ち。私たちがいったい、何をしたというのだろうか。
別のステージで演奏している音楽が遠くから聞こえてきて、それが余計に空しさを煽るようだ。
そんな中、沈黙を挟んで、ぽつり、ぽつり、と。
だらだらと、会話は続く。

「澪、寒いんだけど」

不意に律が呟く。
今晩、この言葉を聞くのはこれで何回目になるだろう。

「寒いな」

私もこうして返事したのは何回目だろう。
日が落ちてからはじめのうちは会話も弾んだのだけど、いまはもう、こんな感じでただひたすら気だるいのだ。

「……ぴと」

突然、律は私に体を預けてくる。
律の体の温もりが、ナイロン地のジャンパー越しに少しだけ伝わってくる。

……ぁー、ちょっと暖かいなー。
なんて、そういう風にボンヤリと思った。
けれど、すぐに引き離した。

「ぬくもらせろよー」

またもくっついてくる律。
私はちょっとイラつく。
昔であれば嫌がることもなかったかもしれないけれど。

また引き離す。
けれど律は食い下がってくる。

「澪たんの温もり、ゲットだぜー!」

私の二の腕に頭をグリグリと押しつけてくる。
髪が乱れるのもかまわずに。
こいつ、やっぱり疲れてテンションおかしくなってるんじゃ……。
やれやれ、と呟いて、また引き離す。
律はわりと本気で寂しそうにしていたが、無視しておくことにした。

「今日はやっぱノリ悪いぞ……」

そうかもしれないけれど。

「……」

ともかく寒い。
会話が途切れると余計にそう感じる。

「寒い」

誰に言うでもなく呟く。

「だから人肌で暖め……」

目線で黙らせる。

律は空を見上げて、お祈りをするように両手を組む。
どうったつもりだろうか。

「ああ、夜空のお星様、お星様、澪ちゃんがわたしを構ってくれません。いったいぜんたい、わたしはどうしたらいいのでしょうか?」

−−−−−−今夜の律は、やっぱりおかしい。

別に律のことが嫌いになったわけじゃないんだけれど。
眠気が頭にもやをかけて、まともに働かなくなっていると思う。

「律?」

バタン、と突然、律は体育座りをした私に向かって隣からスライドして、もつれ込んできた。
そのまま律は、私の太股と体との谷間にずるずると滑り落ちてくる。
そのままでいるわけにもいかなくて、私は体育座りの姿勢からそのまま足を伸ばしたので、律は私の太股の上に頭を乗せた状態になった。
この格好は、一般的には膝枕ともいう。

律は深刻ぶった声で宣言する。
「りったん隊長は寝ようと思います……!」

しかたないなあ、と思って話しかける。

「はいはい。寝たらしぬぞー」

「しかしわたしは、眠いのであります」

「はぁ。じゃあ寝てたら……」

テンションを上げてくる律だけど、私はそんな気にもならない。
というか、私も眠い。
律がしつこくかまってくるのに対して答えるのが面倒になって、目を逸らして、会話をうちきった。

沈黙が、つづく。

ふと、太股に律が動く感触が伝わる。
ガサガサと、ジャンパーの擦れる音がやけに気になる。
なんだろう。
顔を下に向けると、律は寝返りを打って、仰向けになって、私の目を見つめてきていた。

その瞳がいやに真っ直ぐで、私はドキっとしてしまう。
律は、沈黙を守る。
遠くから、バスドラムの音がかすかに聞こえてくる。クラブミュージック調で、四つ打ちのバスドラム。
なぜかこんなときに限って、こういう音って気になる。
沈黙の時間は、これから良くないことが起きるような予感をさせて、私の心は乱されてしまう。
律、どうしたっていうんだ。
黙っていないでよ。

ややあって、律の結んだ唇がほどかれた。

「澪、最近、なんか変だぞ」

その一言で、胸が締め付けられた。

「……そう?」

「おう」

「…………」

「なんかあった?」

また、問いかけられる。
確かに、なんかあったさ。
律、お前は私も気も知らないで、いつも楽しそうで、本当いいよな。
けれどそんなことは、答えられないだろう?
本音と理性の板挟みで、胸の奥がキュッと苦しくなる。
律は心配げに見つめてくる。
嬉しいけど、嬉しくない。
この気遣いが逆に神経を逆なでするのだ。

自分自身、なぜ律に苛つくのか、わかってはいる。
大学生になって、人付き合いが増えたせいだろうか。
私はいつまでも律を頼っていられないような気分に駆られて、なにか歯車が狂ってしまったよう。
単純に、それだけじゃないのかもしれないけれど。
……嫉妬、なんだろうか。
「放課後ティータイム」の中でも、だいたい中心にいるのは律と唯だ。
しかも大学に入ってから交友関係が広がって、高校時代よりもさらに律が色々な人から好かれるようになって、律は羽が生えたように自由で、誰とでもうまく接することができて、明るくて気遣いもできて…………私とは、なんていう差なんだろう。
羨ましい。
妬ましい。
そして、こんなことを口に出したくないけれど、そんな律が私を必要としているのかという、不安。

「なぁ、澪……」

律の瞳はまっすぐに私を見つめてきて、いたたまれない気持ちが胸に広がる。
何か問われる度、頭の中にもやがかかるみたいだ。
私は……

「律こそ、どうしたんだよ」

「む?」

「……そう、律だよ」

「わたし?」

「律はやたらベタベタ構ってきて、どうしたいんだよ」

あ、私、なにを言ってるんだろ。
ぇ、と律の目が点になる。
ああ、これはあれだ、困らせてやったみたいだ。
……やったじゃないか自分。
喜べよな、澪。

「……わたしはいつも通りじゃん」

「律はそうかもしれないけど」

「なんかさ、澪はやっぱ最近変だって」

「そんなんじゃないって」

「いや、そんなんだよ。あのさ、大学入ってから、キャラ変えようとしてるだろ」

ざっくりと遠慮なく、本質を突かれる。

「いや、そんなことないって」

「だから、なんで……」

やっぱり無理だ。
何を言えばいいかわからない。
もう、二人きりはイヤだ。
弱気な私。口は自動的にまくしたてる。

「……唯たちもいた方が楽しいだろ? やっぱり、いまから呼ぼう?」

肩に掛けたポーチに入れた、携帯電話を取りだそうとする。
ポーチの口を閉じているマジックテープを外す音がいやに耳障りだ。
ビリビリとうるさい。

「待てって!」

私の太股を枕にして寝ころんだままの律が、ポーチの口に手をかけて無理やり閉じる。

どうして?
頭が混乱する。
やっぱり私が律に振り回される構図になるんだな……と、回らない頭は、この後に及んでもそんな事を考えていた。

「やっぱ、よくないって。わざわざみんなと別行動にして、二人で最後のライブを見ようって、澪が言ってたんじゃん」

言葉を選べない私。
律はなおも続ける。

「なんか、あるんだろ?」

なんかって?
どう答えろっていうの?!
できるなら、叫びだして逃げたくなる。
いや、もう、なにもない、とは言えないよな。
やけになってきた。
頭がボウッとする。
深呼吸をして、落ち着こうとする。
落ち着こうとするフリにしか、ならないけど。
何とか、言葉を探す……

「………律。律がさ」

「うん」

「……昔、私の家に遊びに来て、DVD持ってきたことあるだろ」

「……DVD?」

「あ……ライブのDVDな。一緒に見て、バンドをはじめよう、って決めるきっかけになったやつ。まあ、律が一方的に決めてきたんだけど」

律は、うん、と頷き返す。

「私はDVDでライブを見たあの時、そんなでもなかったんだけど……結局、律に無理やり引きずられて、高校に入ってバンドを組んで、いままでずっと続けてきて、やっぱり、バンドをやってて良かった、って思ってるんだ」

「だけど……あの時は律だけ盛り上がってて、私はそうでもなくて、でもあれは、私たちのバンドが生まれる、一番初めのスタートラインだったわけで……」

そう、だけどその、私たちがバンドをやることになったスタートラインは、私じゃなくて、律が引いたものだ。
私はそれが、許せない。

「ふむ。そんで?」

「その、さ……このフェスのファイナルアクトって、すごい感動するって言うだろ」

「うん」

律は私の支離滅裂な話を受け止めてくれている。
いや、けれどこの続きを言うのは、恥ずかしすぎる。
寒いのに、顔がぜったいに火照ってる。

「……ファイナルアクトがどうしたの」

律が私に問いかける。
やっぱり律は黙らせてくれない。

「昔見たライブのDVDみたいなのを、もう一回、追体験っていうのか、したい……。フェスのライブを一緒にみて、一緒に感動して、さ。音楽っていいな、って。もう一回、私たちの付き合いを初めから始めたかったんだよ……。律が私を誘うんじゃなくて、私から」

恥ずかしくて、目を、合わせられない。
開いた唇が震えているのがわかる。

だけど律が勝手に決めて、それに私が振り回されるんじゃなくて、私が決めたかったんだ、もう一回。

クラクラしてものをよく考えられない。

律は「そっか……」と呟いたようだった。


私は、夜空にぽつんと浮かぶアドバルーンを眺めていた。
何を考えていいのかわからない、働こうとしない、散らかった頭で夜空を見上げて。
でも、まあ、なんだろう。
律に話してすっきりしたしたような、そんな感じはする。
あぁ、でもこれって、結局律の手のひらの上で踊ってることになるのかな……
なんて、回らない頭で考える。

「でさ、澪はなんでそんなこと考えちゃってるわけ?」

「へ?!」

蒸し返す?!

「だからさ、大学入ったくらいか、そんくらいからか。ちょっと感じが変わっただろ? 妙に気張ってるっていうか、なんていうの。無理して積極的になろうとしてるっていうか」

「いや、そうかもしれないけど……。まぁ、どうでもいいよな?」

「よくないし。死活問題だし」

即答するなよ……。
死活問題とか、何を言うんだ。

「そんなことより、律こそ、どうしてそんなことにこだわるのさ」

「は? い、いや別になんでもいいじゃん」

「なんでもよくない。死活問題、だ」

「う、うっせーやい!マネすんな!」

「じゃあ律が言うまで、私も言わない」

「はぁ?」

「だから、律が言うまで私も言わないって」

「………さて、とりあえず、コーヒーでも買ってくるかなー……と」

「ちょっと待った」

膝枕の状態から上半身を起こした律の襟首を捕まえて、また太ももの上に引き戻す。

「私だって本音で話してたんだぞ、律」

「う……っていうかさ、フェスのライブを見てー、改めまして付き合いを始めましょー、って。なんだそりゃ!?そんなんでわたしの心が変わるとでも?」

「う、うるさい!」

「うむ。わたしが澪を笑い、澪はわたしに笑われ、澪はそれで喜ぶ。わたしが澪を振り回す。澪はわたしの無茶振りに振り回されて、澪はそれで喜ぶ。この愉快な関係を変える気は……ないっ!」

「……ジャイアン?!」

「なんとでも呼ぶが良い、心の友よ」

「はぁ、もう、わかったよ。寒いし、温かいコーヒーでも何でも買ってきなよ」

「オッケー。行ってくる」

「あ、待った!私、私が買いにいくよ!」

体を起こして、立ち上がろうとする律を止めて、私はバッと勢いよく立つ。
振り返った律はニヤっと笑っていた。

「そっか、気が効くね、澪ちゃん」

「うぐ……」

「じゃあ、わたしは凍えながら待ってるからね。早く帰ってきてね、澪」

そういって、律は立ち上がった私を上目遣いで見つめてくる。なんとも、うざったい感じだ。
律の目を直視できなくて、私は早くこの場を立ち去ることにしたかった。

「じゃあ、行ってくるからな」

「おーう。気をつけろよ」

は、気がつけば、また律のペースじゃないか。
悔しい……。
しかし行ってくると言った手前、私は行くしかなかった。
暗闇の中を一歩一歩、足下に気をつけながら歩き出す。
目の前の地面に何があるかわからなくて怖くて、ライトを持ってくればよかったと思う。

私達と同じように座り込んでいる人混みの間を抜けて、出店のあるエリアへ足取りを進める。
辺りは暗くて、うっかり誰かを踏んづけてしまいそう怖い。
寝ころんでいる人もいて、そんな人は存在に気づき辛くて、これもとても怖い。
もし、思い切り踏んづけてしまったら……
なんて考えるだけでゾッとする。
ああ、しかもそれがおっかない人で、絡まれてしまったりしたら……
色々と想像をすると泣きそうになってきて、やっぱり律に「一緒に行こう」って言えば良かったかな、とちょっと後悔してしまいそうだった。
それでも、後には引けない。
歩みを進める。


律の姿が見えなくなったあたりで、一度立ち止まって、周りを見渡す。
私が来た方向を振り返ってみると、人混みを挟んで、フェスのメインステージ。
結構距離があって、ステージにいる人の表情がわからないくらいだ。
今はライブからライブの間の準備中で、ライブ中ほどの明るさではないけれど、照明はこうこうとステージを照らして、眩しいステージを闇の中に浮かび上がらせている。
まあ、ステージの側へ行くわけではない。
出店のある方面へ抜けるなら、ステージの逆側へと出る必要がある。
ステージの逆側は一転して暗闇。
よく見えないけれども、周りにはブランケットか何かにくるまって寝ている人もちらほらいるみたいで、うっかり踏んづけてしまいそうでおっかない。
まばらな人混みの向こうには、歩いている人達が沢山いる通路と、ちらほらとキャンプ用のランプが灯っているのが見える、広い広いキャンプサイトがある。
そのさらに向こうに、明るく照らされた他のステージや、暖かい光を放つ出店の通りが遠くに見える。

何だか、とても寂しくて、胸が痛むような、そんな風景だった。
暗い夜はいつも寂しくなるけれど、けれどきっと、この風景を見て寂しくなるのは、闇の中、ぽつんと光るもの達のせいに違いない。
遠くからお祭りを眺めているような。

感傷に浸るのはやめて、また、私は歩き出す。


歩きだして5分ほどして、ようやく出店の固まっているエリアにたどり着いた。
途中、段差に引っかかって転びそうになったのは、私だけの秘密にしておこう。

ホットコーヒーを売っている店があったはずだと思って、ずらりと並んだ店を眺めて歩く。
あの店はどこだったかな……
出店の前にはテーブルが置かれていて、夜食をとっている人たちでガヤガヤと賑やかだ。

「澪ちゃーん!」

そんな中から、突然私を呼ぶ声が聞こえた。
見渡すと、テーブルの一つに手を振っている女の子を見つけた。
唯だ。
ムギも一緒だった。

「あ、唯……?!それに、ムギも?」

「私もいますよ、澪先輩」

私が近づくと、唯の陰から梓がヒョコっと顔を出した。

「みんなここにいたんだな」

「うん。ライブまで暇だったから、お夜食にしてたの〜」と、ムギ。
その手元には焼きそばが鎮座していた。

えっへっへ〜、と唯は笑う。
「焼きそば!」

「澪先輩は、どうしたんですか? 律先輩と一緒だったんじゃ……」

「ああ、あいつに温かいコーヒーでも買ってやろうと思ってな」

「そうなんですか。ケンカしたんじゃないかって、心配しました」

「そんなわけないだろ、梓」

「そうですよね」
と、頷く梓。

「あっ。ねえ、みんな。そろそろ時間じゃないかしら」

「はっ! もうそんな時間?!」
驚く唯。

「ん? そうか、そっちはもう次のライブなんだな」

「そうみたい。ごめんね、澪ちゃん」

「ううん、気にしないで」

唯はガタっ、と勢いよく立ち上がる。
なんだろうな、この時間だっていうのに、やたら元気だ。

「よしっ、行くよあずにゃん!ムギちゃん! またね澪ちゃん!」

「あっ、唯先輩!」

気づけば、唯は梓の手を引いて駆けだしていた。

ムギが手を振って声を掛けてくる。
「澪ちゃーん!がんばってね〜〜〜!」

……な、なにをがんばるのだろうか。
人がいっぱいいる中で大声で声を掛けられて、ちょっと、恥ずかしかった。
偶然再会した三人は、嵐のように去っていった。
賑やかだったなあ。


ほどなくして、目当てのホットコーヒー……砂糖入りのカフェオレを2つ買って、私は律といたところへ帰ることにした。
両手にカフェオレを持って、歩き出す。
トボトボと、歩く。
人だかりの中、暗い道を一人歩いていると、要らないことがつい頭をよぎってしまう。

梓の手を引いて駆け出した、唯の映像が頭から離れないで、何度も繰り返し再生されるのだった。
唯の奔放さは私にとって眩しすぎて、苦しめられることがよくある。
梓の手を引く、唯。
私の脳に残されたその映像は、過去の嫌な思い出を連鎖的に引きずり出す。
そこはまだ、私が触れていけないはずの、残されたイメージだ。
高校生活最後の学園祭。
ライブを演り終えた後、夕焼けの部室で泣き疲れて眠る私たち。
そこで私は、眠りと覚醒の狭間で見ていたのだった。
ふと私一人、目を覚ました時、みんな一緒になって眠っている空間に存在した、違和感。
そうだ……あの時、律と唯は、仲睦まじく、その手と手を絡め合って眠っていた。
学園祭の夢うつつの中、そのシーンを見てから、私の内面にあった大事な部分が崩壊した。

陰鬱な気分になる。
忘れよう忘れようとしていた事が、よりにもよって、今このタイミングで目の前に浮かび上がるなんて。
律の一番の友人は私だと思っていた、いや、一番の友人だなんて、そんなことを気にもしていなかったかもしれない。
気づけば律はいつも傍にいてくれて、私にとって欠かせない日常だった。
それなのに、気が付けば、あのざまだった。
いつの間にか私を差し置いて、唯と律は、私と律よりも深い仲のようになっていたんだから。
挙げ句、手を繋いで眠るんですか、と。
レズかよ、お前ら!と怒りすら覚える。
今はハッキリと理解できている。
律と私との間のおかしな感じ。
なんてことはない、律が私から離れていって、他人と仲良くしているのに嫉妬しているだけだ。
大学生になったんだから、知らない人とも話せるようになろう、とか、律に頼らなくったって一人でやっていける、とか、そんなものは全部、律の周りの人間への嫉妬が原因だった。
逆恨みというか、当てつけというか……。
いったいどうしたんだろうか、私の精神は。
トボトボと歩みを進めるも、力なく立ち止まりたくなる気分。

ガッ!
考え込んでいたら、また、段差につまづいてバランスを崩してしまった……………。
泣きっ面にハチ……という慣用句が思い浮かぶ。
気づけば両手に持ったカフェオレの片方は、中身を無惨に地面へとぶち撒けられてしまっていた。
……ほんともう、泣き出したい。
何もかもが空回りしているんじゃないだろうか?
律と一緒にいた場所はもうすぐそこなので、一度帰ってから、また自分の分を買いに行こう……。

元いた辺りに戻ると、律らしき背中が見えてきた。
蛍光色のマウンテンパーカーを着ているおかげで、暗闇の中でも少しは見つけやすくて助かった。
律の隣に腰を下ろす。

「…………ただいま」

「お疲れ」

「遅くなって、ごめん」

はい、と律にカップを手渡す。

「気にすんなって。……ん? コーヒー、ひとつしかなかったの?」

「あ、ああ」

「売り切れ……じゃないよな」

「……こぼしちゃってな」

「そっか」

早速、律はカフェオレを一口飲む。

「もう一回、買いに行ってくるよ」

「えぇ。別に良くない? 一つでもいいじゃん。一緒に飲めばいいし」

「い、いや……そういう問題か?」

「いいっしょ」

そう言って差し出されたカップを受け取った。
……結局、これは私のミスがフォローされる形だよな、と感じて悔しくなる。
というか、自分の分を買い直しに行くはずだったのに、なぜ自分は律から渡されたカップを受け取ったのか。
こうやって、いつも律のペースになるんだよな。
もう諦めて、私も一口、口を付ける。
胃に温かいカフェオレが流れ込んで、体が温まる。
生き返る感じ。
どんな気分であっても、冷えた体は温かい飲み物をありがたく感じるようで、とてもおいしい。

「……まぁ、うまいな」

「そだね」


何気なく律にカップを返そうとして、手渡す時、律がカップをその手に握る時、一瞬、指が触れて、ただそれだけのことで体が硬直した。

「どうしたのさ澪? ビクって」

「いや、なんでもない」

「ふぅん。まあ、いつも通り小動物みたいですな」

「なっ……」

私の動揺を気にも止めないで、律はカフェオレを飲む。

「ほんとうまいな〜」

律はマイペースでいるけれど、こっちはヒドい気分だ。
こういう時に唯ならどうするんだろうか、と考えてみたけれども、わからない。
そもそも、彼女がこういった歯がゆい気持ちになっているのは想像つかないじゃないか。
今日は実に散々な日だよ。
律をリードするどころか、隠したかった胸の内は白状させられる、買ってきたカフェオレは片方落とす、何も良いことがなくて、いつもより私のドジっぷりが悪化しているくらいじゃないか。
私は、今日この日にいったい何を期待していたのだろう。
自分一人で盛り上がって、焦って、空回りして、最後はこんな状態だ。
今のままの自分で律が離れてしまうなら、自分が変わろうと思っていたのだけど、私には無理みたいだ……。
私には、なにもできない。

「なぁ澪。ライブ、そろそろ始まるな」

「そうだなあ」

機材のセットやマイクチェックは完了したようだ。
空はまだ暗いが、ライブを演っている最中に朝日は昇ると聞いている。
夜明けの朝日か……そんなこと、今はもうどうでもいいことだけど。

「お、ライブ始まったなー。結構好きなんだよね、このバンド」

「ああ、そういえば、そうだったっけ」

ライブの爆音が響くけれど、どこか遠い空間の出来事のように感じてしまう。
もうすっかり疲れた。
体力も気力も0です、もう。
また、脳裏に唯の無邪気な姿が浮かびあがって、私を責める。
出店で会ったあいつは元気いっぱいだったよなあ。
ムギも、梓も、徹夜だっていうのに、疲れなんて感じさせないほど楽しそうだった。
あれは唯がいるからだろうな、と思う。

「唯だったら、お前を退屈させることもないのかもな……」

ライブの音に紛れて聞こえないだろうと思って、きっと誰にも届かないはずの呟きを放り投げる。

案の定、律には聞こえていないようで、何も反応はない。
聞こえてしまっても困るから、それでいいのだけど。


−−−−無気力にライブを眺めていたら、夜が明け始めてきて、少しだけ、空が明るくなってきた。
薄紫に染まっていく空。

「そろそろ、夜明けだな、澪」

「そうだな。空が綺麗だ」

思ってもいないことを言うなよ……澪。
もう、空模様なんてどうだってよくって、ただこの場から消えてしまえればどんなに楽だろう。
そんな思いと裏腹に、どんどん空は赤みを増して、明るく輝きを強める。
気温も少し上がってきたみたいで、それほど寒くはなくなってきた。
日差しが差し込むだけで、こんなにも違うものなんだなあ、と、どうでもいいような感想をもった。

ややして、燃えるような、朝焼けの太陽がその姿を完全に現した。
これは確かに綺麗かもしれないけれど、今の私はそんな風に思える気分じゃない。

「すっげー。眩しいな」

「ああ」

ふと、周りを見ると、カップルがいて、男の方が彼女を後ろから包むように抱きしめている光景が目に入った。

律も、私につられてそちらを見る。

「あ、あっついなー……。公衆の面前で……。気持ちはわからんでもないがっ」

「そうだな……」

視線をまた、ライブステージへと向け直す。

「なあ、律……?」

「どしたの?」

「いや、何でもないんだ」

「……ふぅん」

抱き合うカップルを見て、学園祭の後、手を取り合って眠る唯と律を思い出してしまって、胸が痛んだ。
律は唯を選んだんだな、と。
そこに私の出る幕は、もうないだろう。
うなだれて、視線を落とす。

地面に付けた私の手の傍には、そこには、律の手があった。
唯が手を取った、律の手だ。
絶望に歪んだ私に、悪魔的な閃きがもたらされる。

その手を、私が手に取れれば、どんなことになるだろう?
諦めるより前に、最後に、私も唯みたくなれるか、やってみればいいじゃないか?
私だって、唯みたいに、自由になれるのかな……。

ドキリ、ドキリ、と、鼓動が強くなる。
なんだって、こんなことを考えて、胸が高鳴るんだろう、律はただの、友達だっていうのに。
ふと湧き上がった思いは私の思考をかき乱して。
どうしようもない思いに駆られて。
私はその手を、そっと伸ばした…………。
律の指先に、私の指先が、ツン、と触れる。

「っ………?!」

瞬間、律は手をビクリと引っ込めて、後ずさって体を堅くして、目を点にして私に振り向く。

「あ………」

「……澪?」

「ご、ごめんっ!」

拒絶、された。
私と律の関係が、崩壊した瞬間だった。
…………そっぽを向いた私に、朝日は優しく強い光で照らすだけだった。
涙で太陽はぼやけて、視界はオレンジに染まって、一筋の涙は頬を伝い落ちた。

「澪、なに泣いてんだよ、バカ」

なんだよバカ律!
振り向いた私の目の前には律の真顔があった。
そして私の手に温かいものが触れた。
って………律?

「わたしがほんとに嫌がるとでも、思ったのかよ、バカ澪」

ぎゅっと、私の手が握られて、律の指と、私の指とが絡み合う。
「は……?」

声がうまく出せなかった。
また涙がポロリと落ちる。

「なんなんだよ、バカ……」

「なんでって、嫌がるフリして驚かせたかった、とか。っていうか、バカっていう方がバカなんだぞ、澪」

私の手のひらに触れる律の手は、世界を輝き照らす朝日よりも、もっとずっと暖かい。

「うるさいっ……」

律の手を強く握り返す。
律は、ニシシ、と満面の笑みを浮かべている。

「まっ、澪ちゃんは私の手のひらの上ってわけだな」

「ほんと、なんなんだよ、もう……」

もう、言葉が出なかった。
しかしいま、私の手のひらには、律の手が。
温かい、手のひらの太陽を、私は手にした。

思えばいつも律は私を引っ張ってくれて、律がいたから私はいつも楽しく過ごせるようになったし、軽音部のみんなとも仲良くなれた。
いままで、どうして気づけなかったんだろう。
そっと律の肩にもたれかかる。
小さい肩なのに、今はとても大きく感じて、心の底から安心した気分になった。

「ぁあ、もう。なあ、律。また来年もさ、フェス、絶対一緒に来よう」

ふふっ、と律は不敵に笑って言う

「もちろん」

と。

「律には、かなわないな……」

ああ、こいつにはかなわない。
かなわないさ。
もう、私の負けでも、なんでもいい。
ずっと律と一緒にいよう…………。
そう、心を決めた。


こうして、大学生活の夏休み、大事な思い出になるフェスは幕を閉じたのだった。


「んっふっふっふっふっ」

え、背後から、笑い声?!

「もーぅ。お二人さんたら、おあついねぇ〜」

振り返ると、唯!

「ゆ、唯! いつからそこに?!」

「良かったですね、澪先輩」

ああ、梓!
ムギまで?!
ムギ、鼻息が荒いぞ?!

「さっ!じゃあ、りっちゃんと澪ちゃんのイチャイチャも堪能したし!最後はみんなでライブ見ようねっ」

「ムギ?!」

「お、お前ら見てたのかよっ!」
と、赤面した律が叫ぶ。

−−−−−−それを見て、唯が最高に愉快そうな顔をして、「んふっ、んふふっ」と笑いを堪えきれないでいる。ムギは幸せそうに微笑みを浮かべていて、梓は呆れてため息をついている。
恥ずかしくてたまらないっていうのに、みんなと一緒にいたら、なんだかおかしくなって、笑いが止まらなくなった。
律が手を取って導いてくれた、このバンド。
いつもの風景。
私の顔に笑顔が戻る。
いい時間を過ごせているよ、私は。
なあ、律。
律に目配せをすると、あいつは、コクリと頷いた。
こんな仕草一つで、胸がまた熱くなった。
朝日に包まれて、もう怖いものなんてない気分だった。
私は誰にも聞こえないようにそっと呟いた。
サンキュー、ロックフェス。
また来年も、必ず来るよ。