プロフィール

Author:Seasidecity
【所属】
公益業

【属性】
思想的なスタンス
→サブカルテツガクセカイ系
政治的なスタンス
→社会民主主義・第三の道

【性質】
「私」にまつわる謎と「世界」に
まつわる謎を考え続けています。

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海の見える街
伝える気持ちが世界を変える
あえかなる自意識の終わりに
過剰な自意識に苛まれる時代はもう終わりだ。
自分探しの旅なんて下らない。
遍在している自己を統合する一つの意識さえあればいい。
あまねく世界にリンクを張ればどこにでも自分は存在する。
本当の自分なんか探したってどこにもいない。
なにしろ遍在しているのだから。
保守と革新
について書こうかと思ったけど
あまり面白くなりそうもないので辞めてみようかと思った。
結局、単純化して言えば
保守とは、今あることには必ず意味があるとし、市民の暴走をおそれる立場
革新とは、今あることはもっとよくできるとし、権力の暴走をおそれる立場
ということに単純化することができる。
今は革新の時代なのだろう。
時代が再び保守に傾くことはあるのか。
市民感情におそれる有権者が増えたとき、きっと潮目が来るのだろう。
児ポ法は賛成派も反対派も依拠する論が脆弱すぎる
児ポ法を考えるとき、反対派は得てしてロリコンのレッテルを貼られる。
そんな低俗な議論には乗らなければいいものをムキになって反論するために
更に悲惨な泥仕合の様相を呈してしまう。
このことが、どっちもどっちという思考停止を招き、
結果として反対派の論拠不足に繋がってきた。

「赦せる社会へ」の中でも触れたが、非犯罪化すべき行為類型の中に
被害者なき犯罪というものがある。まず、これは一体なにか。
殺人放火窃盗などは当然、被害者が存在する。
一方で、売春や単純賭博、麻薬所持などは被害者が存在しないため、
そもそも罪に問うべきものなのかどうかという議論がある。
これが被害者なき犯罪問題とよばれるもので、
二次元ポルノ所持もこれに含まれるとされる。

二次元ポルノ所持などは特に被害者のいなさ具合が尋常ではない。
むしろ、好きなキャラクターが性的な被害に遭っている!
と主張するのは児ポ法反対派のオタクであって、
賛成派であるはずがないというパラドックスがとまらない状態である。
二次元を規制したがる側の人間の論理が、
実はキャラクターに人格があるとみなしてしまう論理のねじれこそが
二次元規制が嘲笑される原因だと思うのだが。
【参考】
神名龍子のニッポン診察室
http://www.mypress.jp/v2_writers/lyuko_jinna/story/?story_id=1855783


ルール化するマナーの行方
ラジオのネタ作りと言うことで。
モラルの低下=暗黙の了解の減少
モラルが低下しているように見える、
マナーを守らない人間が増えているように見える、
原因は暗黙の了解の減少に求められる。

各自のマナーの基準が異なり、共通のマナーを維持することが難しくなってきたとき、
マナーを強制するものとしてのルールが生まれてくる。
路上喫煙の禁止や、全車両優先席の地下鉄などが例としてあげられるだろう。
つまり、マナーというグレーゾーンをルールによって白黒きっちりさせようという話だ。
これはこれで正解、個人化する人間にとっては共通の土台としてのルール、法は
どうしても必要不可欠なものである。これがないと社会が破壊されてしまうから。

さて、赦せる社会へという話に接続してみる。
法に支えられた社会を共有するという前提には一切議論の余地はないが、
ルール自体をマナー化することは出来ないだろうかというのが論のテーマだったりする。
要するに、グレーゾーンを遊びとしてあらかじめ設定しておくことで
ルールから脱落する人間を減らす、社会からこぼれる人間を減らす。
これによって社会を安定させる手法が赦せる社会の基本的なスタイルだ。
具体的な例としては、保護観察付きの仮釈放だとか、
執行猶予だとか、被害者なき犯罪の非犯罪化などが挙げられる。
一度社会からこぼれ落ちたら二度と社会に再統合出来なくなるような社会、
現代日本のような社会においては、
そもそも社会からはみ出さないようにする仕組みが
必要なのではないかと思ったりするのだ。

当然、多くの課題がある。何しろ社会自体に受け入れの余地が少ない。
そこでそこでの赦せる社会論なのだ。
赦すと許すは違う。法的な許すという意味ではなくて
倫理的な意味での赦す。社会の一員として赦すという意味で使っている。
赦すことで社会にタメ、余裕、遊びを作り、
広汎で統合的な社会にしていこうというのが主張だ。

どうしてルールが作られてしまったのだろう?
どうしてマナーを守れない人がいるのだろう?
こんなことを考えていく中で、切り捨てる社会から
統合する社会へ、そしてそのための赦せる社会を目指していくべきだと思う。
twitterに避難したり
ブログが面倒になってついったーばかり書いていたらこのざまだよ!