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| プロフィール |
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Author:Seasidecity
【所属】 公益業
【属性】 思想的なスタンス →サブカルテツガク愛好家 政治的なスタンス →社会民主主義・第三の道
【性質】 「私」にまつわる謎と「世界」に まつわる謎を考え続けています。
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| 死にます。 |
さらば世界! 世界に僕を受け入れる下地がなかったのか 僕が世界に適合する人間でなかったのか、 答えは永遠に分からないけれど、今までありがとう。 よくもまぁ、22年間も生きて来れたものだ。
そしてこれほどまでに最低な自分と付き合い続けてくれた 自分に感謝とねぎらいの言葉をかけてあげたい。
本当に死ぬ準備は出来てるんだ。 あとはいつ実行するかだけ。 適切な日時と場所(特に大切)さえ決まればあとはもう自動的に。
ゴミみたいな自分と、最後まで自分が好きになれなかった自分にさらば! そんな自分を最後まで好きになってくれなかった 僕の好きな人、正しい選択でした。きっといいひと見つかります。 会社の人、きっとすぐに忘れます。ひとなんてあっという間です。 僕が死んでもいくらでも代わりはいますから。 大切な大切な親友、迷惑をかけたくないので連絡しません、ごめん。 でもこれが俺のホットな友情だと思ってください。 家族、申し訳ないとしか。
遺書はそのときに書き直しますので今回はこんな乱筆で。 僕を終わらせるための人生、最後の最後の消化試合をこれから始めます。
ここからはブログの内容を大幅に変えまして、 死ぬその日までの記録にしましょう。 出来れば日にちを決めうちしてカウントダウンしてみたいですね。 花火みたいで綺麗だろうし、 なんかこう、数字が減っていくのってスリリングだし。
僕としては現実でどうこうというのはなるべくなく普段通り生活したいと思います。 こっちですさまじいことを書いて、現実で普通。 ある日突然前触れもなく自殺して、こっちではカウントがゼロ。 素敵です。 とりあえず期限は今月いっぱい。 9月1日に死にます。カウント、「31」
ルールを再確認。 1:カウントがゼロになったら死ぬ 2:社会生活はなるべく普段通り送る 3:ここでは死に関することをなるべく詳細に書く
これだけ。それじゃ、スタートしましょう。 僕の最後の一ヶ月を。
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| わたしのものがたり |
カウンセラーや精神科医が行うカウンセリングとは おそらく「わたしのものがたり」を作る作業なのだと思う。
私たちは生きているだけで様々なポリシーや思想信条を持つようになる。 それは固いものであったり緩いものであったりさまざまだ。 そんなイベントが積み重なって自分の性格を形成している。
普段私たちは上記のことを全く意識しない。 表面に現れる自分の趣向や性癖、性質や感情をさして これが自分の個性なんだと考えるのみである。 実際のところ、表面に現れ出る性質は人生の中で 積み重なってきたものあってのたまものであり、 ほんの一部に過ぎないのではないだろうかと思う。 そして、その裏に隠されたバックグラウンド、 すなわち人生の経験そのものこそが人間の本質だろう。
この極めて「経験主義」的な考えは、 例の秋葉原の事件をうけて考えたものである。 彼は自分の状況をひどく嘆いていたが、 それは今回の話で言えば表面に現れ出る一部分であり、 彼自身が彼の人生のバックグラウンドについて 語っている様子はない。
このバックグラウンドの部分を語ると何が変わるのか。 それはバックグラウンドの本質を考えると分かる。
私が人生で経験してきたこと、それは言ってみれば 「わたしのものがたり」である。 いついつどこの学校に入った、誰とつきあった、振られた、などなど。 全てはわたしのものがたりと呼ぶにふさわしいものである。 自分が現在どうしてこのような状況になっているのか、 ないし、このような気持ちになっているのか、さらには どうしてこのように振る舞ってしまうのかという「私の謎」は わたしのものがたりを参照すれば大概解決するように思える。
自分を客観視し、心の安寧と問題の解決策を考えるには わたしのものがたりが一番の特効薬だ。
冒頭に書いたようにカウンセリングはわたしのものがたり編纂作業だと思う。 自分一人で出来ないならば専門家にやってもらうのも手なのだろう。
みなさんもどんなわたしのものがたりを持っているか考えてみてほしい。
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| 充電池 |
どうも人間は充電池のような存在なのではないだろうかと思う。 生きるということは充電と放電を繰り返すようなものだ。 何度も何度も充放電を繰り返すとやがて電池自体が弱ってきて使えなくなる。 やがて老いて死んでいく点では人も全く同じだ。 そしてもっと重要なことがある。 それは、充電のためには電池の残量がある程度必要であるという点である。 完全にカラになってしまうと充電することすら出来なくなる。 いまはそんな状態になろうとしている。 ヤバイ気がしている。
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| 非日常のために日常がある |
ハルヒは心の底から非日常を望んでいたと言うけれど、それでも現実に帰ってきた。 さらに、どこか最終的には常識的な解決を目指す面が強かった。 このことは非常に示唆的で、結局非日常は 日常にぶら下がる存在だということが言えるのだろう。 安定した確固たる存在として決して動じないある種退屈な日常があってこそ 非日常の楽しさが広がっているということ。 だからこそセカイ系の根底には安定した世界がなければいけないし、 だからこそセカイ系は「終わりなき日常」に成立したんだろうし、 日常を疑う人が増えてきたからこそセカイ系は終わりつつあるんだと思う。 セカイ系が発展する土壌が平和で退屈な日常ならば、 僕はどれだけ批判されてもそれを守る価値があるんじゃないかと思う。 そんな気持ちで日々復旧に尽力してます。
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| 戦場【いくさば】 |
とにかく忙しかった。 朝に地震。 取るものとりあえず上司にメールして出社。 タクシーもバスもまったく捕まらないのでダッシュ。 会社もエレベーターが止まってるので階段をダッシュ。
安否報告後、対応打ち合わせ。 取引先安否確認並びにメーカー工場被害調査。 復旧作業開始。 必要資機材の手配と緊急資材置場確保交渉。 自分の担当している資材の調達調整を行い待機。
どうだば。ほとんど復旧したはず。 現場と裏方が想像以上に頑張ったと思う。 あとは土砂崩れ箇所対応。
永遠の昨日である日常の安定あってこその非日常だと思うから、 こんな時は一秒でも早く復旧させなければいけない。
とりあえず備忘録
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